2008年
1月 関門海峡に行ってみませんか?
2007年
11月 関門海峡、栄えよ
10月 フロンティア精神
9月 唐戸秋まつり始動
8月 ○○と言えば関門
7月 火の山・こどもの城
6月 蛍飛び交う下関
5月 巌流島と関門海峡
4月 弥生三月、驚き三つ
3月 商店街の卵と鶏
2月 新異業種交流時代
1月 本物議員を探せ!
2006年
12月 世界の遺産・まちの駅
11月 人口増加大作戦
10月 人口増加大作戦
9月 住民意見交換会
8月 門司港『三宜楼』
7月 イベントと観光と
6月 PRしどころの話
5月 若者チャレンジ!
4月 頑張ろう商店街
3月 頑張ろう商店街
2月 母校、市立大にエールを
1月 読本復刊
2005年
12月 もっとコリア!
11月 頭の体操、街づくり
10月 行政マンよ、街に出よう
9月 『観光』で儲けて
8月 『知る』は力
7月 市民よもっと叫ぼう
6月 下関、博物館考
5月 ウォータフロント談義
4月 餅は餅屋でまちづくり
3月 フリーマガジン出発!!
2月 下関を創業者の都に
1月 観コン協会復活論
2004年
12月 直入・長湯温泉紀行
11月 金2000万円也
10月 人の何が違うのか?
9月 再び映画の咲く街に
8月 ある人の逝く日・・・
7月 「よさこい」はある意味・・・
6月 「街づくり」って何!?
5月 「巌流島」って面白い!?
4月 「商店街」って面白い!!
3月 新たにはばたけ「唐戸」
2月 どうせなら「関門府」
1月 2004年、年頭の辞
2003年
12月 再び巌流島に目を
11月 出かけよう他所のまちへ
10月 こんな異業種交流は!?
9月 もっと頑張れ、大学生!
8月 「リニューアルしてみました」
7月 「チルソクは伝う」
6月 「街じゅうチルソク色」
5月 「続・チルソクの夏」
4月 「チルソクの夏」
3月 「誇り100選と晋作」
2月 「非・競争都市下関」
1月 「平成の大合併?」
2002年
12月 「実行委員会再興!」
11月 「下関とともに…」
10月 「新タウン誌登場!」
9月 「市役所は誰が働いている」
8月 「ふんばれカモンワーフ」
7月 「いざ行動あるのみ」
6月 「お迎え作戦続行!」
5月 「染まってみよう」
4月 「唐戸市場もう一声」
3月 「青年団体復活年!」
2月 ようこその「顔」
1月 タウン誌だからこそ
2001年
12月 市外から人が来る街
11月 引き際考
10月 人がつくる、人が伝える下関
9月 僕らはみんな生きている…
8月 『人』として、『人』ゆえに…
7月 自分で「かっこいい」生き方しようよ
6月 下関ってなんかいい感じしない!?
5月 唐戸を旗頭に下関よ熱くなれ
4月 下関は、いい心でおもてなし
3月 下関のニュー玄関口・唐戸考
2月 これからの10年
1月 21世紀“真”ばかな〜宣言

   チャレンジ・プロデューサーになってみませんかというお誘いがあって、話を聞きに行ってきました。地域の活性化に取り組む若者や起業して地域経済に挑戦してみたいという若者の行動をサポートしたり、起業や地域との結び付きをコーディネートしたりできる人材を育てようという事業です。
 その話の中で幾つかの事例が紹介されていました。効果絶大なのに女性には人気がなかった口臭キャンディーを、女性向けの大ヒット商品に生まれ変わらせた女子大生。彼女がインターンにチャレンジしたのは、事業に興味があったからではなく内気な自分を変えたいという意識からだったそうです。『日本一旨い豆腐屋』の職人気質のおやじさんの下で、大量生産できない豆腐を独自にマーケティングし販売ルートとして高級料亭をつかまえた若者。その豆腐に惚れ込んで、他所の県からインターンシーップに応募したそうです。
 インターンシップを受け入れる企業もただ人手が欲しいというのではなく、この商品をこうしたいと明確な事業展開コンセプトがあって、そこに適材適所の人材が欲しいという場合に、そこに意欲的な若者が目的をもって挑戦できるわけです。
 事例紹介の最後に、『これからの地域の活性化の鍵はチャレンジする若者です。今までに地元の企業がやりたくてもできなかったこと、考えつかなかったことに挑戦し、新しい地域の中の経済活動に効果を出していく。それはそのままその地域の活性化になるわけです』と付け加えられました。
 今のままでいいと思って成長を止めた街には活性化は無縁です。その街にあるいいもの、旧いもの、よき伝統文化、産業を守るためにも新しいアイディアとエネルギーによる活性化を常に図っていくことが必要です。
 若者達が、自分たちの目線と自分たちの感覚で、新しい街への関わり方を模索し、挑戦しようとするとき、それを本気で応援できる街の力が、今、必要なときではないかと強く思った一つのエピソード。

シモキモ編集長
逆井 健